仙台地方裁判所 昭和40年(わ)45号 決定 1965年5月06日
少年 O・K(昭二一・一一・二八生)
主文
本件を仙台家庭裁判所に移送する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は少年であるが、
第一 昭和三九年七月下旬頃から同年一二月中旬頃迄の間、前後九回にわたり別紙犯罪一覧表のとおり他人の財物をそれぞれ窃取し
第二
(一) 前記犯罪一覧表番号(一)記載の窃取にかかる○○原○男名義○○銀行積立定期預金通帳(預金高一五、〇〇〇円)一冊を持参し、同年一一月○○日、東京都中央区○○○町○番地株式会社○○銀行○○支店に赴き、同支店係員○崎○一に対して被告人が右○○原であるように装つて右通帳を呈示交付し、現在の仕事をやめて北海道へ帰郷する汽車賃にあてるため解約払戻してほしい旨申し向け、同人を真実○○原が右預金契約の解約払戻しを請求しているものと誤信させてその手続をとらせ、間もなくその場で同支店係員○江○子から右預金払戻名下に利息共現金一万五、〇七九円の交付をうけてこれを騙取し
(二) 前記犯罪一覧表番号(七)記載の窃取にかかる横○進名義郵便貯金通帳一冊(しとの三一三九番)及び横○カ○ヨ名義郵便貯金通帳一冊(しとの三三一六番)を持参し、同年一一月△△日、仙台市○町○○○△番地○○○郵便局に赴き、同局係員○坂○男に対して被告人が右横○進であり、かつ、横○カ○ヨの預金に関しては同人に代つて払戻しを受ける権限があるように装つて、右二通の郵便貯金通帳を呈示して各預金の払戻しを請求し、右○坂を、真実横○進が正当に各預金の払戻しの請求をしているものと誤信させてその手続をとらせ、即時同所において同人から各預金口座から九九〇円づつの払戻名下に現金合計一、九八〇円の交付をうけてこれを騙取し
第三 同年一一月××日の午前四時頃、仙台市△△△○○番地○部薬局こと○部○治方二階六畳間において、現金約五、〇三七円在中の木製金入箱を窃取し、まず現金約三、〇〇〇円をとり出した後、右金入箱を持つたまま、ついで隣室八畳間に入つたが、同室に就寝中の同家長男○部○○進(当二二歳)に発見され、突然足蹴りされたため狼狽し、右金入箱を同室内になげ捨て、「泥棒」と連呼して追つて来る右○○進をのがれて階段をかけおりたところ、前記○治の妻○部○○る(当五七歳)が同階段を上つて来るのに出会い、右○○進の逮捕を免れる目的で同女をつきとばして階下に転落させ、更に階下迄追跡してきた右○○進に対し、右同様の目的で所携の刄渡り約一六センチメートルの包丁一丁(昭和四〇年押第二〇号の一)を示し、同人の身体に危害を加えるような態度に出て脅迫し、その隙に乗じて逃走したのであるが、その際前記○○るに対する前記暴行により同女に対し、右大腿打撲血腫、右膝関節部打撲等通院加療二週間を要する傷害を負わせ
たものである。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
法律に照らすと、被告人の判示第一の各事実は刑法二三五条に、判示第二の各事実は同法二四六条一項に、判示第三の事実は同法二四〇条前段、二三八条にそれぞれ該当する。
(家庭裁判所に移送する理由)
すすんで被告人の処遇につき、前記各証拠ならびに少年調査記録その他公判廷にあらわれた一切の事情をも考慮して検討する。
本件犯行はいずれも保護観察中に行なわれたもので、窃盗については、その回数が多いこと、深夜に行なわれていること、決して豊かとはいえない元同僚の所持品を狙つたこと、賍品についてはこれを入質換金し自己の用途に費消していること、また、窃取した預金通帳を用い欺罔手段を弄して預金の払戻しを受けていること等の事情があり、強盗致傷については幸にそれによつて傷害を負わせたものでないにしても兇器を所持して深夜他人の寝室にまで侵入したうえ、何の関係もない善良な婦人に傷害を与えているものであつて、これらを考慮すると、その犯情は決して軽いものではない。
被告人の生育歴、経歴についてみると、被告人は昭和二一年一〇月二八日、北海道空知郡○○○町で、当時北海道○○汽船株式会社に勤務していた父O・Sと母O・M子との間の長男として生まれ、七人兄弟の二番目である。昭和二八年四月○○○小学校に入学してからは、父親の転職転居に伴つて小学校で二回、中学入学後も二回と転校を繰り返えしたにもかかわらず、怠業のきざしはなかつた。
昭和三四年六月中学一年在学中に仙台市内に転居したが、同年一一月父親が交通事故で重傷を負い、翌三五年四月迄入院加療する事態となり、家計が非常に窮迫し、母親が働きに出るようになり、その留守の弟妹の世話を見るために学校も欠席勝ちとなり、その間の転校もあり、それまで中の上を維持していた成績は下る一方で友人もできず、貧困のため必要な学用品などにも事かく始末でひけ目を感ずるようになり、特に中学二年になつてからは欠席が極めて多くなつた。このような環境のもとに昭和三六年一月頃、仙台市内で自転車一台を盗んだが、同年三月二日仙台家庭裁判所で保護観察処分をうけ(なお余罪の窃盗は同年五月頃審判不開始となる。)、担当保護司の指導の下に次第に落ちついた生活を取り戻しつつあつたが、同年六月上旬頃父親の厳格さに反撥して家出上京し、同年七月から翌昭和三七年四月迄は東京都内の前記○村レストランに、同年五月から昭和三九年四月迄は前記レストラン○○堂にいずれもコック見習として働き、同店をやめる迄は前同様担当保護司の指導をうけ、その観察成績は普通と報告されており、その間は特に非行はなかつたものである。同店をやめて後転々と短期間に職をかえる破目になり、その間金銭に窮して本件各犯行に及び、それが同年七月から一二月の短期間に集中していることは顕著である。
以上の生活歴からも被告人の意志の自立性の弱さ、根気の乏しさ、考えの浅薄さなどがうかがわれる。
しかし、本件各窃盗の犯行は、地方から上京しながら定職を離れて金銭に窮した結果、それ迄何等かの関わりがあつて知つていた場所にしのびこんで犯したもので、いずれも単独でなされ、特に計画的な点もうかがわれない。強盗致傷の犯行についても、前日被害者宅で窃取した貯金通帳一冊等をその際返却していること、すぐ身許が露見する住所氏名等を記入した手帳その他を犯行現場近辺に遺留していること、兇器も予め準備携帯したものでなく、被害者宅に侵入してから思いついて同所において所持するに至つたことなどその手口には幼稚ささえうかがわれ、ことさら兇暴性があるわけでもなく、非行性が固定化し職業化しているものとはいえない。現在、被告人の家庭の経済事情なども昭和三五、六年頃にくらべ徐々に好転し、明るさをとりもどしており、両親も被告人に対する指導方法につき反省し考えるところがあり、被告人の更生への願いも又世間一般の親に劣つている節もなく、被告人が当公判廷で示した反省の情を考慮すると、被告人を保護処分により更生させる可能性が全く失われているとは言いがたい。被告人の過去の処遇が在宅保護の段階に止り、収容処分をうけておらず、しかも右保護観察の当初にはある程度の成果がみられたことなどの点から被告人が未だ少年の間(成人まで約一年六月の期間がある。)に一定期間組織的な教育計画に従つて矯正保護をうければ、知能も普通であるのであるし、その性格上の欠点をあらため明朗淡白という長所を延ばして社会に復帰することも期待しえよう。そうであれば、この際は、被告人を刑事上の処分に付することよりも、いまいちど保護処分に委ねてその更生をまつことが、かえつて刑政の目的にも沿うことになると考えられる。
よつて、少年法五五条を適用して本件を仙台家庭裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 中川文彦 裁判官 柴田孝夫 裁判官 鈴木一美)
別紙
犯罪一覧表
番号
日時
場所
所有者
被害金品
見積価格
(一)
昭和三九年七月○○日頃
東京都中央区○○○町○丁目○○番地レストラン○○堂内
○○原○男
現金 四、〇〇〇円
銀行預金通帳 一冊
印鑑 一個
預金高 一五、〇〇〇円
(二)
同年八月初旬頃
前記レストラン○○堂内
○○田○男
野○正
現金 三、〇〇〇円位
二、〇〇〇円位
(三)
同年一一月○日頃
東京都荒川区○○○○丁目○○○番地○藤方
○越○彦
背広上下 一着
大○茂
背広上下 一着
現金 一、五〇〇円
一〇、〇〇〇円
○原○丸
現金 三〇、〇〇〇円
(四)
同年一一月○△日頃
東京都文京区○○○丁目○番地○村レストラン内
稲○茂
ズボン 一枚
ジャンバー 一着
小計
四、〇〇〇円
中○潔
ブレザーコート 一着
現金 五〇〇円
二、〇〇〇円
○村○○助
置時計 一個
三、〇〇〇円
(五)
同年一一月□□日頃
前記レストラン○○堂内
○○原○男
背広上下 一着
外衣類 二点
バンド 一本
小計
二一、六〇〇円
○○田○男
ボストンバック 一個
二、〇〇〇円
(六)
同年一一月○×日頃
東京都杉並区○○○△丁目○○○番地
○○○○株式会社寮内
○本○司
背広上下 二着
外衣類 三点
腕時計 一個
現金 一、〇〇〇円
小計
一〇、三〇〇円
松○忍
ブレザーコート 一着
七、〇〇〇円
斎○啓
スーツケース 二個
腕時計 一個
小計 一〇、五〇〇円
(七)
同年一一月△△日
仙台市○町○○○△△番地○
○○ボーリングさく泉株式会社内
○辺○夫
八ミリ撮影機 一台
三〇、〇〇〇円
○田○二
煙草「新生」 一〇個
四〇〇円
横○進
同人保管
(横○カ○ヨ名義)
郵便貯金通帳 一冊
印鑑 二個
預金高 一、〇〇〇円
郵便貯金通帳 一冊
預金高 一、〇〇〇円
(八)
同年
一一月○×日の午前三時頃
仙台市△△△○○番地○部薬局内
○部○○る
積立郵便貯金通帳 一冊
預金高 六〇、〇〇〇円
(九)
同年一二月○○日頃
前記○村レストラン内
○村○○助
現金 七〇〇円位
合計 現金 四二、五〇〇円位
銀行預金通帳等三九点(時価一八一、八〇〇円相当)
参考
受移送家裁決定(仙台家裁 昭四〇(少)七〇一号 昭四〇・五・一九決定)
主文
少年を中等少年院に送致する。
理由
一、非行事実
別紙記載(仙台地裁昭和四〇年五月六日付強盗致傷、窃盗、詐欺被告事件決定)の罪となるべき事実のとおり。
二、適用法条
第一の事実刑法第二三五条
第二の事実同第二四六条第一項
第三の事実同第二四〇条前段第二三八条
三、処遇
本少年は昭和三六年三月二日仙台家庭裁判所において窃盗保護事件につき保護観察決定をうけて現に保護観察継続中のものであるが、さらに本件非行を重ね、その罪質、情状よりして刑事処分に付するのを相当として検察官に送致され、仙台地方裁判所で審理された後、少年法第五五条により当裁判所に移送されたものである。
少年の性格は明朗快活で人づきあいはよく、人に好かれる型であるが、すぐせつぱ詰つた気分になつて飛躍的な反応をし易く、追いこまれれば非行も止むを得ないといつた自己中心、合理化的傾向がある。
少年の非行歴は中学二年時の昭和三六年一月中に三日にわたつて五回の自転車窃盗を行つたことに初まる。その当時少年の家庭は、父母姉弟妹ら七人家族で、経済状態は極度に悪く、また父は短気で厳格な気質で、父母間、親子間の融和を欠いており、少年は家庭に安定せず物心両面の欲求不満から非行に出たことが窺われる。
しかして、上記保護観察処分を受けたのちは、少年、保護者ともに反省し、観察経過はほぼ良好で(但し昭和三六年中、一家の無断転住少年の無断上京があつた)、少年は昭和三七年五月ごろからは、東京日本橋のレストラン○○堂にコック見習として住込稼働し、昭和三九年四月頃まで安定した生活を続けていた。
ところが、同年四月、よりよい待遇の職を求めて○○堂を退職してからは都内のレストランのコック見習、運送会社の運転助手等を転々とし、その間金銭に窮した挙句、同年七月以来同年一一月までの間に都内で窃盗(六回)詐欺(本件非行事実第一の(一)ないし(六)、及び第二の(一))を行い、同年一一月中旬頃仙台に帰つたが保護者の許に戻りかね仙台市内を放浪しているうちに所持金もなくなり、仙台市内でさらに窃盗(二回)、詐欺、強盗致傷(本件非行事実第一の(七)(八)、第二の(二)、及び第三)の非行に出、また上京したが職にもつかずパチンコ等で日を送つているうち、またまた金銭に窮し、同年一二月窃盗(本件非行事実第一の(九))非行を反覆した。しかしその後叔父(在京)から、本件強盗致傷事件で指名手配されていることを知らされ、叔父の忠告、附添のもとに警視庁に出頭逮捕されたものであつた。このような少年の行状に関し、保護者は放任のままで何ら適切な処遇も講ぜず、また少年自身無反省、容易に非行へ傾く等本少年をそのまま放置すれば、さらに非行の反覆深化する虞れが多いところであつた。
しかし、少年は本件非行第三につき逮捕され、本件全非行につき家庭裁判所における調査、審判、地方裁判所の公判審理、そして検察官の論告、求刑(懲役三年以上五年以下の不定期刑)を経て、本件移送決定を受けるに及び、(その間四ヶ月半余の鑑別所、未決在監の生活経験)深くその非を反省し、改悛の情顕著であり、保護者もまた従来の少年に対する放任的態度を反省し、少年の更生に努力する熱意を示し、かつその家庭状況も、住居及び父の職業ともほぼ安定して物心ともに好転しつつあることが窺われる。なお本件による被害のうち、東京の○○堂に対する分の一部は少年の姉(在京)が弁済ずみであるが、その余の分については保護者において今後に、少年ともども謝罪、弁護したい意向を示している。)
以上の情況よりすると、本少年は、この際中等少年院に収容し、矯正教育を施し、その間保護者に少年の更生のための具体的方途を講ずるよう指導し、もつて少年の社会適応を図るのを相当と考える。
よつて少年法第二四条第一項第三号にもとづき主文のとおり決定する。
(裁判官 鎌田千恵子)